管弦楽曲

«三千世界 - Trois milles mondes-»
(2011) for chamber orchestra

2.2.2.2./2.2.0.0./ 2Perc./ 8.6.4.4.2.

委嘱:オーケストラアンサンブル金沢
初演: 2011年9月8日 石川県立音楽堂
指揮:井上道義
オーケストラアンサンブル金沢
演奏時間: 14 分
出版社: Breitkopf & Härtel


人類は太古より、神話や宗教、科学、哲学、芸術など、ありとあらゆる分野で、宇宙の誕生について議論をしてきました。80年代に提唱された「インフ レーション理論」によれば、「無」に見えてその実、素粒子が生成・消滅する「ゆらぎ」を秘めた真空のエネルギーが、熱エネルギーに変化することで「母宇 宙」が生まれ、そこからさらに「子宇宙」が多重発生すると考えられているそうです。10の200乗ほどもあると言われる「三千世界」のいろいろな宇宙が、 10次元,11次元といった時空間の中に存在し、現在、私たちの目に見えている宇宙はその中の「選ばれた」1つということになります。そのように、起こり 得たたくさんの可能性の中から、何かの加減であるひとつが選択され、現前することは、確定的な「結果」というよりは、ひとつの「過程」に過ぎません。大き な動力の基となる小さなエネルギーの集まりと並行して、べつの結果をもたらしうる異なるエネルギーも、同時に存在し、常に動いており、それが次にどのよう な流れを呼び込むのかは、現時点ではわからないからです。

こうした宇宙の誕生についての理論は、さまざまな事象のアナロジーともとらえられ ます。たとえば、ひとりひとりの力は小さくても、さまざまな特性や考えを持った個人がネットを通じて情報や意見を交換し、それによってどんどんつながって いくことで、途轍もない大きな力となりうることは、昨秋から続いている専制政治国の変革が証明しています。それまで同様、独裁国として存続してゆくことも あり得た選択ですが、その時のエネルギーの流れによって、全く別の選択がなされ、結果として新たな社会のありかたが開けてゆく。それを多くの人がリアルタ イムで目の当たりにしたことは、大変示唆的だと思います。

私の「三千世界」は、このような、見えている世界の裏にひそむ、先行きの見えない 異なるエネルギーの絶え間ない動きを音楽で表現しようと試みたものです。本日はプログラムの最後に、ドヴォルザークの「新世界より」が演奏されますが、最 初に演奏されるこの曲は、小さな動力がさまざまに蠢く「多世界より」のイメージです。まず、「音宇宙」の種として、ゴムのうなりや息音などの原始的音響、 あるいは音として聴こえるか聴こえないかというほどの微細な音響が「素粒子的」に提示されます。そうした微小なエネルギーが集まり、次第に大きな流れを生 み出していきますが、それはどこかに確定的にたどり着くものではなく、並行して別のエネルギーが異なる流れも同時に形成し、変化してゆく一過的なもので す。ゆえに、曲の最後も「終結」ではなく、裸にされた小さな動力が宙に浮いたように途切れて、一旦中断されるという形をとっています。

望月 京