アンサンブル曲

«明るい部屋»
(1998) for 15 players

1 (picc).1.2(Bass cl, Es-cl). 1. / 1.1.1.0. / 2 Perc. / 1.1.1.1.1.

委嘱:ベルリンムジークビエンナーレ
初演:1999年3月20日 ベルリン・フィルハーモニー、カンマーザール
シルヴァン・カンブルラン指揮/クラングフォールム・ヴィーン
演奏時間:13分
出版:Breitkopf & Härtel

この作品は、フランスの思想家であり、文芸批評家でもあったロラン・バルト(Roland Barthes 1915-1980) の著書「明るい部屋 −写真についての覚書−」に発想を得て作曲されました。
バルト自身が興味を惹かれる写真の条件とする「曖昧な二重性」(対立する2項 でなく、一方がもう片方に含まれるような)という観念は、そのまま《明るい部屋》作曲上の主要なアイディアとなっています。「暗闇の中の閃光」「沈黙の中の絶叫」といった例を挙げてバルトが表現した「曖昧な二重性」は、私の作品の中では、アンサンブル全体の中で、あたかもそこだけ光があたったかのように、 強弱やテンポを違えて特定の楽器/楽器群だけを浮き上がらせる「投影」のアイディアとして表現されています。
また、撮影によって永久に再生/保存される一瞬の風景、光の動きや投影の変化によってゆらめくパノラマ、といった写真の本質を音楽に置き換えることも、作曲上の大きな興味となりました。聴覚上での「瞬間の再生」としての、固定された拍動や、記憶できるような短いフレーズの繰り返し(ループの設定)、同じ風景 を、レンズの大きさやピント、シャッタースピード、フレーミングなどをさまざまな組み合わせで変化させて撮影するかのように、一度とらえた音響を、音色、 強弱、テンポ、リズムなどを違えて繰り返し、常に構成しなおすこと。これらは、確かに写真世界から示唆されたアイディアであり、この曲の後に作曲したオーケストラ作品《カメラ・ルシダ》(1999)にも援用されていますが、同時に1996〜1997年にIRCAMで学んだ音響心理学やコンピュータによる音楽づくりとも関連があり、特に冒頭の3分間、ヴィオラによって繰り返されるソとレの5度の重音と、虫眼鏡でその二音の中をより細部にわたってのぞいていくように、次第にあらわにされていく倍音音響のプロセスに、その影響がより鮮明に聴き取れるかと思います。

望月 京


明るい部屋